研究概要
普段当たり前に使っている日常用語について、わかっているつもりでいて、実はほとんどわかっていないことが頻繁にあります。その典型が「教育」であり、「学校で、子どもたちに、教師が、上から下へ教え込む」というイメージにとらわれている人も多いのではないでしょうか。しかし、教育がそういうものだという前提に立てば、子どもたちが主体的かつ対話的に協働しながら学びあっているような「アクティブ・ラーニング」の成功形態は、教育活動としては説明しにくくなってしまいます。そこで、「教育」が「教」と「育」との二字で成り立っていることに着目してみると、教育の真の目的が「育む」であり、「教える」は教育手段の一つにすぎないと気づくかもしれません。すると、児童・生徒・学生を「育む」ための方法として、「教える」を最小限に控えて「自ら学んでいく」ことを奨励するという筋道の必要性や有効性が浮かび上がってくるかもしれません。
このように、教育概念について思い込みや決めつけを捨てて自由自在に思考することは、決して抽象的な空論ではなく、具体的な教育実践論を導くための原点になります。私は、大学生時代から現在に至るまで、教育をめぐる通俗的な固定観念こそが様々な教育実践の可能性を閉ざしてしまっていると考え続けており、「生涯にわたる学習」という視点から、教育方法を開発したり教育政策を提案したりしてきました。その中で、コミュニケーション、自己実現、論理的思考法などの各種テーマについても、論考を積み重ねてきているというわけです。
教育・研究活動の紹介
学生向けの授業だけでなく、社会人をはじめ、地域住民等を対象とした公開講座を担当すると同時に、講座全体の企画や広報も行っています。学習者に対する支援としては、学術的深みにつながる思索を後景に置きつつも、分野限定的というよりも汎用的に通用するような思考法や智恵が身につくことを強く意識しています。
今後の展望
これまでの研究活動をつうじて、一般的に「常識」とされていることが新たに書き換えられるべきだということがわかってきました。たとえば、「自己実現」という日本語を聞くと、20世紀半ばのアメリカの心理学者のA・H・マズローの欲求階層論を思い浮かべる人も多いと思いますが、歴史的原点を探ると、T・H・グリーンやJ・H・ミューアヘッドのイギリス英語“self-realisation”の19世紀末の翻訳にまで辿り着きます。これまでの研究蓄積について、参照しやすいように編纂し、広く発信していくように心がけます。
社会貢献等
学術的に高度とされる内容を、そのままの形で講話するのでなく、「学びあい」を通じた「腑に落ちやすい」学習支援を進めています。さらに、そうした方法を実施できるファシリテーターの養成にも尽力しています。
各種委員や行政アドバイザーなどについては、国・都道府県・市町村の各レベルで豊富に経験しています。その際には、広い視野に立った多角的で柔軟な発想で、現実を直視し、理念を創造するよう心がけています。